バイオプリザベーション

 近年、食品の流通が盛んになり、その範囲が拡大するにつれて広域流通の条件下にあっても品質が低下せず、かつ安全で安心できる食品の供給が強く求められています。
安全と安心をどのように保証するかということは、食品の生産・製造にとって死活問題といっても過言ではありません。さらに最近は食生活の質的向上に伴ってできるだけ素材の特徴を活かした自然に近い食品を求める傾向が強まっています。そのため、過度の加熱を避けるとか化学的に合成された保存料をできるだけ用いたくないとする価値観が生まれるようになりました。
人類は数千年来にわたり乳酸菌など微生物の働きを巧みに利用して調味し貯蔵する多種多様な発酵食品を作り続けてきました。このような伝統的な加工・貯蔵技術において発揮される抗菌作用に立脚した新しい概念としてバイオプリザベーションという言葉が使われるようになったのもそうした背景からです。
バイオプリザベーション(Biopreservation)とは、「人々が長年にわたり食品として何ら有害作用もなしに食べてきた植物、動物あるいは微生物起源のバイオプリザバティブを効果的に活用しようとする保存法」であると説明される概念です。ここでいうバイオプリザバティブ(Biopreservative)とは「植物、動物および微生物起源の抗菌作用をもつ物質で、何らの害作用もなしに食品としてあるいは食品とともに長期間人間に食べられてきたもの」と定義されます。
現在では多くの天然の抗菌性物質が知られていますが、これらのうち乳酸菌とかかわりがある物質としては次のようなものがあります。

1.有機酸類
  乳酸菌が他の微生物に対して発揮する抗菌活性として第一に挙げるべきものは、乳酸をはじめとする有機酸の生成とそれに伴うpHの低下です。乳酸菌が生成する有機酸には乳酸、酢酸、プロピオン酸、ギ酸などがあります。微生物の生育に対する酸の抑制作用は水素イオン濃度に依存しますが、同じpHの場合は塩酸などの無機酸よりも有機酸の方が抑制効果の強いことが知られています。さらに、乳酸、酢酸およびプロピオン酸は有機酸の中でも強い抑制作用を示します。

表1 サルモネラ属の生育可能な最低pHと酸の種類
(Chung,K.C. and Goepfert,J.M.,1970)

酸            pH
塩酸          4.05
クエン酸        4.05
酒石酸         4.10
グルコン酸      4.20
フマル酸        4.30
マレイン酸      4.30
乳酸          4.40
コハク酸       4.60
グルタル酸     4.70
アジピン酸      5.10
ピメリン酸      5.10
酢酸         5.40
プロピオン酸    5.50


2.バクテリオシン
バクテリオシンとは乳酸菌などの細菌が生産する抗菌作用を持つタンパク質性の化合物で、次のような性質があります。

表2 バクテリオシンの諸性質
(松田,1995)
1.ペプチドないしタンパク質である。
2.多くのものは熱に安定で、100℃,15分程度の加熱によっては分解
しないものが多い。
3.一般に通常のタンパク分解酵素、たとえば普通の消化酵素で分解される。
4.抗菌力のスペクトルは通常狭く、主として類縁菌を阻止する。
広い抗菌スペクトルをもつ場合も、グラム陽性菌に限られることが多い。
5.作用は概して殺菌的であるが、なかには静菌的なものもある。
6.多くはプラスミドによって制御されているが、なかには染色体の遺伝子
  制御のこともある。


最初に発見されたバクテリオシンは大腸菌の作るコリシンですが、現在では多数のバクテリオシンが報告されています。その中で最も有名なものはLactococcus lactis subsp.lactisが生産するランチビオティクス系バクテリオシンのナイシンです。現在、ナイシンは世界50カ国以上で保存料として食品への使用が認められており、日本においても2009年3月に食品添加物として許可されました。
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3.ジアセチル、アセトアルデヒド
  乳酸菌の生成する主要な芳香成分がジアセチルとアセトアルデヒドです。ジアセチルは発酵バターやカッテージチーズのフレーバーとして、アセトアルデヒドはヨーグルトや酸乳飲料のフレーバーとして重要な役割を果たしています。この2つの成分には抗菌作用のあることが分かっていますが、その強いにおいのために食品として利用可能な濃度範囲では微生物制御効果が期待できません。
4.過酸化水素
  多くの乳酸菌、とくにLactobacillus属はよく過酸化水素を生産することが知られています。乳酸菌はカタラーゼ陰性のため生成した過酸化水素は蓄積し、冷蔵食品中のPseudomonas属などの低温細菌を抑制する報告があります。しかし、過酸化水素は食品中に残存しないことが望ましく、微生物制御の目的で意図的に乳酸菌を接種することは好ましくないと思われます。
5.ロイテリン
Lactobacillus reuteriが生産する抗菌物質で、グラム陰性ならびにグラム陽性の細菌に広く抗菌作用を示します。その本体はβ-ヒドロキシプロピオンアルデヒドであることが明らかになっています。

 このような乳酸菌の生産するバイオプリザバティブを利用した食品には多種多様なものがありますが、その主要なものを以下に挙げます。
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一方、バイオプリザバティブと他の処理との併用によって、より有効な食品保存効果を上げることも検討されています。これについては、Leistnerによって提唱されたハードルテクノロジー(ハードル理論)と呼ばれる微生物制御の考え方があります。ハードル理論では、食品中の微生物が乗り越えられないようないくつかの因子=ハードルを組み合わせることによって総合的に保存効果を高めることを図っています。制御因子としては温度、pH、水分活性、酸化還元電位、抗菌剤などがあります。

図1 ハードルテクノロジーの概念
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(Leistner,L.,1995)
H:加熱,L:冷蔵,aw:水分活性,pH:酸度,Eh:酸化還元電位,C:抗菌剤


参考文献
1)Ray,B.,Food Biopreservatives of Microbial Origin,CRC Press(1992)
2)Chung,K.C. and Goepfert,J.M.,Growth of Salmonella at low pH,J.Food Sci.,35(1970)
3)Hansen,J.N.,Bacteriocins of Lactic Acid Bacteria,Academic Press(1993)
4)森地敏樹・松田敏生編著,バイオプリザベーション,幸書房(1999)
5)松田敏生著,食品微生物制御の化学,幸書房(1998)
6)松田敏生,防菌防黴,23(1995)
7)Talarico,T.L. and Dobrogosz,W.J.,Antibiotics and Chemotherapy,33(1989)
8)Leistner,L.,New Methods of Food Preservation,Blackie Academic and Professional,London(1995)