乳酸菌の定義

乳酸菌の定義

乳酸菌の定義

乳酸菌の定義

 

乳酸菌(lactic acid bacteria)とは分類学上の地位を持った学名ではなく、慣用的な呼び名です。
細胞形態は桿菌または球菌で、グラム陽性、カタラーゼ陰性で、内生胞子を作らず、運動性は一般的にありません。最も重要な特徴は、消費したグルコースに対して50%以上の乳酸を産生することです。また、共通する特徴としてビタミンB群のうちナイアシンを必須に要求します。
表1 乳酸菌の定義
 

 
 
      細胞はグラム陽性
      細胞形態は桿菌または球菌
      カタラーゼ陰性
      消費したグルコースに対して50%以上の乳酸を産生する
      内生胞子を形成しない
      運動性は一般的にない
      安全なGRAS(Generally Recognized as Safe)細菌群
 
 
 
乳酸菌とはこのような性質を持った細菌群を総称する名前ですが、以下にそれぞれの項目について説明します。

 

1.細胞形態
1)桿菌
棒状の細胞形態を桿菌といいます。細胞の幅および長さをそれぞれ短径と長径で表現すると、乳酸菌の桿菌細胞は短径1μm、長径3~7μmであるものが一般的です。しかし、短径と長径に大きな差がない短桿菌(short rod)あるいは長径が数十μmにも達する長桿菌(long rod)も存在しています。

Lactobacillus delbrueckii subsp.bulgaricus
(写真提供:岡山大学名誉教授 宮本拓氏)

 

2)球菌
 球菌は細胞ひとつひとつが球形をしています。乳酸菌に見られる球菌は細胞配列により連鎖(chain)と四連(tetrad)のように、分けることができます。なお、四連は四聯と書くのが正しいようです。
 このような細胞配列に違いが現れるのは、細胞分裂の際の分裂面の入り方の違いによります。つまり、連鎖球菌は1回目の分裂面に対して、それに引き続く2回目の分裂面は平行です。したがって、細胞が連なった状態、すなわち1列に連鎖した状態になります。一方、四連球菌は1回目の分裂面に対して、引き続く2回目の分裂面は直角に入ります。したがって、細胞が連なった状態は四連になります。分裂面の入り方の違いが細胞配列を決定していることが分かります。

 


Lactococcus lactis subsp.lactis
(写真提供:岡山大学名誉教授 宮本拓氏)

 

2.グラム陽性
細菌の仲間はグラム染色によって青から紫に染まるグラム陽性菌と赤からピンクに染まるグラム陰性菌に大別されます。乳酸菌はグラム陽性です。グラム染色は細菌の細胞壁構造の違いを反映したものと考えられており、一般にグラム陽性菌は陰性菌に比べてペプチドグリカン層が厚くなっています。

 

3.カタラーゼ陰性
カタラーゼはヘムを含む酵素で過酸化水素(H22)を水と酸素に分解します。酸素呼吸をする生物、すなわちTCA回路を使いエネルギーを獲得する生物が全般的に持つ酵素です。動物、植物は勿論のこと、酸素呼吸をするすべての微生物(好気性細菌、酵母、カビなど)も持っています。しかし、乳酸菌のように酸素を使わず嫌気的にエネルギーを獲得する微生物はTCA回路を持たないためにカタラーゼを持ちません。したがって、乳酸菌はカタラーゼ陰性です。

 

4.乳酸発酵形式と乳酸の生成量
消費したグルコースに対して50%以上の乳酸を産生するという項目は乳酸菌を定義する上で最も重要です。少量ながら乳酸を生成する細菌群はいくらでも存在することから、それらとはっきりと区別するためです。また、50%以上という数的根拠はグルコースの発酵形式に従ったものです。乳酸菌によるグルコースの発酵は、次のa)式またはb)式のいずれかに従います。

a)ホモ発酵(homo-fermentation)
C6H12O6 → 2CH3CHOHCOOH
   グルコース       乳酸
b)ヘテロ発酵(hetero-fermentation)
C6H12O6 → CH3CHOHCOOH + C2H5OH + CO2
   グルコース   乳酸        エタノール 二酸化炭素

 

a)式は1モルのグルコースから2モルの乳酸を産生し、同質のものが作られることからホモ発酵と呼ばれます。これに対して、b)式は1モルのグルコースから乳酸、エタノール、二酸化炭素がそれぞれ1モルずつ産生され、異なった発酵産物が蓄積されるのでヘテロ発酵と呼ばれます。この発酵式から分かるように、消費したグルコースに対して乳酸の産生量はホモ発酵が100%、ヘテロ発酵が50%となります。したがって、乳酸菌による乳酸産生量は消費したグルコースに対して50%以上と定義されます。

 

5.内生胞子(芽胞)
内生胞子を作る細菌はグラム陽性桿菌のBacillus属、Sporolactobacillus属、Clostridium属およびグラム陽性球菌のSporosarcina属などです。乳酸菌には内生胞子を作らないという定義がありますが、これは乳酸菌のうちホモ発酵型Lactobacillus属の形態的、生理的特徴がBacillus属やSporolactobacillus属と類似することから、それらと区別するために設けられています。なお、Bacillus属やSporolactobacillus属の一部には内生胞子を形成し、乳酸発酵を行う菌種があるため有胞子乳酸菌とも呼ばれます。

 

6.運動性
乳酸菌は運動性がないという定義があります。内生胞子の項にでてきたBacillus属やSporolactobacillus属は運動性を持つ特徴がありますが、これらと区別するために設けられた定義です。しかし、ホモ発酵型連鎖球菌であるVagococcus属など一部の乳酸菌には運動性のあるものが報告されています。

 

7.安全性
乳酸菌はGRAS(Generally Recognized as Safe)、すなわち「一般的に安全とみなされている」細菌群とされています。これは食品に利用する上できわめて重要な性質です。
安全性を科学的に証明することは簡単ではなく、長い期間にわたり人間が食べてきてなんら健康上の問題が生じなかったという経験こそが安全性を証明する上で最も説得力をもってきます。人類は太古から乳酸菌を発酵食品に利用し、それらを食べ、かつ病状を呈さないという経験から、一部を除き、現在は安全で有用な細菌であるという認識が得られています。

 

なお、Bifidobacterium属(ビフィズス菌)は通常の乳酸菌の発酵形式とは異なり、2分子のグルコースから2分子の乳酸と3分子の酢酸を生成します。したがって、乳酸生成量が50%に満たないことや、菌の形態がY(ワイ)やT(ティー)の字のように枝分かれするなど、上記の定義に当てはまらないことから分類学的には乳酸菌ではありません。しかし、かつてLactobacillus bifidusと呼ばれていた時期があったり、発酵乳や乳酸菌飲料に広く使われていることから実用的には乳酸菌として扱うことが多いようです。

 

参考文献
1) Sneath P.H.A., Mair N.S., Sharpe M.E. and Holt J.G.,Bergey’s Manual of Ssystematic Bacteriology, vol.2,Williams & Wilkins,Baltimore (1986)
2) 小崎道雄編,乳酸菌実験マニュアル,朝倉書店,東京 (1992)
3) 乳酸菌研究集談会編,乳酸菌の科学と技術,学会出版センター,東京 (1996)
4) 細野明義編,発酵乳の科学,アイ・ケイコーポレーション,川崎 (2002)
5) 細野明義著,ヨーグルトの科学,八坂書房,東京 (2004)