脳腸相関~腸内環境を整え、睡眠の質向上に役立つ乳酸菌~
1.脳腸相関とは
脳腸相関とは、生物にとって重要な器官である脳と腸がお互いに密接に影響を及ぼしあうことを示す言葉です。脳腸相関を示したイメージ図(図1)に見られるように、例えば多くの動物では、ストレスを感じるとおなかが痛くなり、便通をもよおします。これは脳が自律神経を介して、腸にストレスの刺激を伝えるからです。また脳で感じる食欲にも、消化管から放出されるホルモンが関与することが示されています。これらは、腸の状態が脳の機能にも影響を及ぼすことを意味しています。このように密接に関連している脳と腸ですが、最近では、病原菌だけでなく腸内に常在する細菌も脳の機能に影響を及ぼす、という研究が注目を集めており、「脳-腸-微生物相関」という言葉も提唱されています1,2)。
以前から、脳は全身の機能を支配していると考えられ、腸との関係においても重要な役割を担っていることが明らかになりつつあります。この脳と腸の情報交換は、免疫系を介した作用、内分泌系を介した作用、迷走神経などの求心性神経を介した作用が一般的に知られています。特に、腸から脳への情報伝達のルートとして注目されているのが、「迷走神経」です。腸から脳への情報量は脳から腸よりも多いと考えられており、脳は腸から送られてくる情報に大きく影響を受けていると言えます。さらにこの腸から脳に送られる情報に、腸にすみつく微生物の存在が大きく影響を与えることも明らかになりつつあるのです。プロバイオティクスによる過敏性腸症候群の改善作用3)。、ビフィズス菌による認知機能改善作用4)に関する研究なども実施されています。
本稿では、最近注目されている乳酸菌と睡眠の関係について考察します。
2.腸内環境を整える仕組み
乳酸菌によってつくられるヨーグルト・発酵乳の整腸作用については古くから経験的に知られており、その整腸作用とは下痢や便秘の解消を中心とした便性の改善がおもな作用として論議されてきましたが、今日の整腸作用とは便秘や下痢などの便性の改善だけではなく、腸内有用菌であるLactobacillus属(ラクトバチルス、乳酸桿菌)およびBifidobacterium属(ビフィズス菌)を増加させ、腸内腐敗菌であるClostridium属(クロストリジウム)や大腸菌を減少させることによって、腸内環境が改善され、便秘を防ぎ、腸内腐敗菌が作り出す有害物質・発がん物質の産生を抑え、排泄を促進させる働きを指しています。これによってヒトの保健効果が促進されることになります。
ビフィズス菌はヒトの腸内に最も多い善玉菌なので、その数は腸内環境のよしあしを知る目安となります。健康な成人であれば、およそ100億(1010)個です。ふつうは高齢になるにつれて数が減り、60代から80代では、平均して1億(108)個まで減少します(話題の乳酸菌飲料「ミキ」図1を参照)。
3.乳酸菌と睡眠の関係5)
乳酸菌が睡眠の質を向上させるメカニズムには、セロトニン・メラトニンおよび腸内環境が関係しています。
まず、乳酸菌を摂取することで、腸内環境を整えるとセロトニンの分泌が増えます。つまり、セロトニンを増やすために必要なことは腸を整えることです。セロトニンは脳内物質といわれていることから、「セロトニンが分泌されるのは、脳ではないのか」と疑問を持つかもしれません。しかし、脳と腸は大腸の神経細胞を通じてつながりを持っています(脳腸相関)。具体的には、腸内細菌によってセロトニンの材料になるものが生成され(アミノ酸の一種であるトリプトファン)、脳に送られることでセロトニンになるといわれています。
次に、睡眠を促すメラトニンは、体内に働きかけることで睡眠リズムを整えて、自然な眠りを誘う「睡眠ホルモン」とも呼ばれています。朝起床して、太陽の光を浴びると、身体機能である体内時計がリセットされて活動モードとなり、この活動中はメラトニンの分泌はセーブされています。目覚めから14~16時間ほど経過すると再びメラトニンの分泌が始まり、休息モードに移行して眠気を感じ始めます。このようにメラトニンの分泌は、睡眠のメカニズムにおいて重要な役割を担います。そして、メラトニンの材料となるのがセロトニンなのです。
以上、前の項目で述べましたように、乳酸菌を摂取して腸内の善玉菌を増やすことで腸内環境が整えば、セロトニンの分泌量を促すことに繋がります。セロトニンはストレスに効能があり、精神安定剤に性質が似ているといわれています。セロトニン不足では、「うつ病、ストレス、疲労感、やる気の減退、イライラ」などに加え、不眠になる恐れがあります。そのため、セロトニンの分泌を促すことが大切です。
参考文献
1) A.Kato-Kataoka, K.Nishida, M.Takada, M.Kawai, H.Kikuchi-Hayakawa, K.Suda,
H.Ishikawa, Y.Gondo, K.Shimizu, T.Matsuki, A.Kushiro, R.Hoshi, O.Watanabe,
T.Igarashi, K.Miyazaki, Y.Kuwano, and K.Rokutan, Fermented milk containing
Lactobacillus casei strain Shirota preserves the diversity of the gut microbiota
and relieves abdominal dysfunction in healthy medical students exposed to
academic stress, Appl. Environ. Microbiol., 82, 3649-3658 (2016)
2) M.Takada, K.Nishida, A.Kataoka-Kato, Y.Gondo, H.Ishikawa, K.Suda, M.Kawai,
R.Hoshi, O.Watanabe, T.Igarashi, Y.Kuwano, K.Miyazaki, and K.Rokutan, Probiotic Lactobacillus casei strain Shirota relieves stress-associated symptoms by modulating the gut-brain interaction in human and animal models, Neurogastroenterol. Motil., 28, 1027-1036 (2016)
3) 福土審,過敏性腸症候群と腸内細菌叢gut microbiota,腸内細菌学雑誌,32, 1-6 (2018)
4) 大野和也・清水(肖)金忠,腸内細菌と脳腸相関~精神疾患との関連と,ビフィズス菌 Bifidobacterium breve MCC1274による認知機能改善作用の可能性~,乳業技術,72,30-39 (2022)
5) M.Takada, K.Nishida, Y.Gondo, H.Kikuchi-Hayakawa, H.Ishikawa, K.Suda,
M.Kawai, R.Hoshi, Y.Kuwano, K.Miyazaki, and K.Rokutan, Beneficial effects of Lactobacillus casei strain Shirota on academic stress-induced sleep disturbance in healthy adults: a double-blind, randomized, placebo-controlled trial, Beneficial Microbes, 8, 153-162 (2017)